相続放棄の前に、故人の預貯金を使う・賃貸を自分名義で解約して敷金を受け取る・価値のある遺品を売る——これらをすると「相続を承認した」とみなされ、放棄ができなくなるおそれがあります(法定単純承認・民法921条)。一方で、香典の受領や経済的価値の乏しい形見分け、自分のお金での葬儀費用の支払いは問題ありません。
この記事では、相談の現場で実際によく起きている「うっかりNG行為」——携帯の解約、アパートの解約、遺品整理——を中心に、どこまでがセーフでどこからが危険か、やってしまった後はどうすべきかを解説します。
記事執筆:行政書士法人 相続ワンストップ 代表社員 荒井兄吾
最終更新:2026年8月9日(2026年8月時点の法令・一般的な見解に基づきます)
目次
Toggleやってはいけないこと・セーフなことの早見表

| 行為 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 故人の預貯金を引き出して使う | × NG | 相続財産の処分 |
| 故人の預金から未払金・葬儀費用を支払う | × NG | 相続財産の処分 |
| 賃貸を相続人名義で解約し敷金を受け取る | × NG | 契約の処分+財産の受領 |
| 価値のある遺品(貴金属・車など)を売る・捨てる | × NG | 処分・消費。放棄後でも隠匿・消費はNG |
| 携帯電話の解約 | △ グレー | 保存行為とする見解と処分とする見解があり判例なし |
| 大規模な遺品整理・特殊清掃の発注 | △ グレー | 規模により処分と評価されるリスク |
| 香典を受け取る | ○ セーフ | 喪主への贈与(遺産ではない) |
| 自分のお金で葬儀費用を払う | ○ セーフ | 相続財産に手を付けていない |
| 経済的価値の乏しい形見分け(写真・手紙など) | ○ セーフ | 社会通念上の慣習の範囲 |
| 生命保険金・遺族年金の受領 | ○ セーフ | 受取人固有の権利 |
お金の受け取りの○×は 相続放棄しても受け取れるお金・受け取れないお金一覧 で詳しく解説しています。
なぜ放棄できなくなる?「法定単純承認」の仕組み

民法921条は、次の3つの場合に「相続を単純承認したものとみなす」と定めています。本人にそのつもりがなくても、行為だけで承認扱いになるのがポイントです。
- 相続財産の全部または一部を処分したとき(使う・売る・壊す・あげる)
- 3か月の熟慮期間内に放棄も限定承認もしなかったとき
- 相続財産を隠匿・ひそかに消費したとき——これは放棄が受理された後でもアウトです
特に3つ目は見落とされがちです。「無事に放棄できたから、もう遺品を売っても大丈夫」ではありません。放棄後の隠匿・消費が発覚すると、単純承認とみなされて放棄の効力が否定され、債務を相続することになり得ます。
ケース別の判断|携帯・アパート・遺品整理・車

携帯電話の解約|解約自体はグレー、料金の支払い元が核心
故人の携帯の解約が単純承認にあたるかについて、明確な判例はありません。「毎月の料金発生を止める保存行為であり処分ではない」とする見解が有力ですが、「回線契約も相続財産であり解約は処分」とする見方もあります。これから放棄する方は、解約せずキャリアに死亡の事実を伝えて対応を確認するのが安全です。
はっきりしているのは次の2点です。
- 未払料金・解約金を故人の預金から払うのはNG(相続財産の処分)。払うなら自分のお金で
- 解約にともなう返金・ポイント・残高を受け取るのはNG(相続財産の受領)
すでに解約してしまった方へ: それだけで放棄が不可能になったと決まったわけではありません。保存行為と評価される余地が十分あります。ただし自己判断で追加の手続きを進めず、解約時の書類・明細を保管して専門家に相談してください。
アパート・賃貸の解約|相続人名義の解約と敷金受領が危険
賃貸借契約も相続財産です。相続人が自分の名義で解約し、敷金の返還を受け、残置物を処分する——この一連の流れは単純承認と評価されるリスクが高い行為です。大家さんから「早く片付けて解約してほしい」と求められても、放棄を検討中であることを伝え、応じないでください。
安全な対応は次のとおりです。
- 大家・管理会社には「相続放棄を予定している」と伝える(賃料債務も放棄の対象になります)
- 解約は大家側からの契約解除に委ねる。敷金は受け取らない
- 室内の物は動かさない。腐敗物の処理など最低限の衛生対応にとどめる
遺品整理・形見分け|「価値があるか」で線を引く
写真・手紙・着古した衣類など経済的価値の乏しいものの形見分けは、社会通念上の慣習として単純承認にあたらないとされています。一方、貴金属・ブランド品・骨董・家電などお金になるものの持ち帰り・売却・廃棄は処分行為です。「遺品整理業者にまとめて依頼して全部処分」は、放棄前には最も危険な行動のひとつです。
故人の車|名義変更・売却・廃車はすべてNG
車は登録制の財産で、処分の痕跡が残ります。売却・廃車・名義変更はもちろん、ローン残債の支払いもしてはいけません。駐車場の契約の関係で動かさざるを得ない場合も、処分せず保管場所を移すにとどめ、記録を残してください。
「どこまで調べられる?」の答え|バレるかではなく、争われたら負けるか

家庭裁判所は、申述の時点で財産の使い込みを積極的に調査しません。照会書への回答と書類が整っていれば、放棄は比較的スムーズに受理されます。「調べられなかった=セーフ」と感じてしまうのはこのためです。
しかし本当の関門は受理の後です。放棄によって回収できなくなる債権者は、「あの相続人は財産を処分していたはずだ」と主張して、放棄の効力を裁判で争うことができます。訴訟になれば、故人の口座の取引履歴は弁護士会照会や裁判所の調査嘱託で取得され得ますし、解約手続きの記録・リサイクルショップの買取記録も残っています。
つまり考えるべきは「バレるかどうか」ではなく、「後から争われたときに説明できる行動だけをしているか」です。受理された放棄がひっくり返るのは、このパターンです。
放棄した後の管理義務|2023年改正で「現に占有」する人だけに

2023年4月1日施行の改正民法940条で、相続放棄後の管理義務の範囲が明確になりました。保存義務を負うのは「放棄の時に相続財産を現に占有していた」人だけです。故人と同居していた・鍵を管理していたなどの場合が該当し、遠方に住んでいて関与がなければ原則として義務を負いません。
義務を負う場合も、内容は「自己の財産と同一の注意による保存」で、次順位の相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間です。保存義務があるからといって、処分してよいわけではありません。空き家の壁が崩れそうなど緊急の場合の対応は、修繕(保存行為)の範囲にとどめてください。
関連記事:法定相続人と相続割合の早見表(全員が放棄した場合の相続財産清算人について解説)
相続放棄のNG行為でよくある質問

故人の携帯をすでに解約してしまいました。もう放棄できませんか?
諦める必要はありません。携帯の解約は料金発生を止める保存行為と評価される余地が十分あり、明確な判例もありません。ただし未払料金を故人の預金から払った・返金を受け取ったなどの事情があると評価が変わるため、経緯の記録を保管して専門家に相談してください。
大家から「部屋を片付けて解約してほしい」と言われています。応じるべきですか?
応じないでください。相続人名義での解約・敷金の受領・残置物の処分は、単純承認と評価されるリスクの高い行為です。「相続放棄を予定しているため対応できない」と伝え、対応方法を専門家に相談してください。
形見分けはどこまでなら大丈夫ですか?
写真・手紙・日用品など、経済的価値の乏しいものにとどめてください。貴金属・ブランド品・骨董品・家電など換金価値のあるものは、持ち帰るだけでも処分・隠匿と評価されるおそれがあります。迷ったら手を付けずに残すのが正解です。
仏壇や位牌、お墓はどうなりますか?
仏壇・位牌・お墓などの祭祀財産は相続財産とは別枠で承継されるため(民法897条)、相続放棄をしても引き継げます。引き継いでも単純承認にはなりません。
実家の片付けはいつになったらできますか?
あなたが放棄する場合、片付けてよい時期は来ません。次順位の相続人か、全員が放棄する場合は相続財産清算人に引き渡すまで、現状のまま保存するのが原則です。片付け・処分は引き継いだ人が行います。
まとめ

- 判断基準は「故人の財産を減らす・受け取る・隠す行為をしていないか」
- 携帯の解約はグレー。料金・返金のやり取りを故人の財産と絡めないことが核心
- 賃貸は相続人名義の解約・敷金受領・残置物処分の3点セットが危険
- 「バレるか」ではなく「債権者に争われても説明できるか」で行動する。放棄後の隠匿・消費もアウト
- やってしまった後も打つ手はある。追加の行動をせず、記録を保管して早めに相談
NG行為の多くは、悪意ではなく「良かれと思って」「頼まれて断れず」起きています。動く前のご相談がいちばん安く、いちばん確実です。当法人では財産調査で放棄すべきかの判断材料を整え、必要に応じて提携の司法書士・弁護士と連携して対応しています。初回相談は無料です。
関連記事:相続放棄は誰に頼む?費用相場と行政書士・司法書士・弁護士の違い/相続放棄
【免責事項】本記事は2026年8月時点の法令と一般的な見解に基づく情報提供であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。単純承認にあたるかどうかの判断は行為の内容・金額・経緯によって変わり、最終的には裁判所の判断によります。相続放棄の申述手続きは司法書士・弁護士の業務範囲です。実際のご判断にあたっては、必ず個別に専門家へご相談ください。
執筆:行政書士法人 相続ワンストップ 代表社員 荒井兄吾/最終更新:2026年8月9日
